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 8月6日 古後小学校より学校支援地域本部事業へ平和授業への講師派遣依頼があり、嶋津重行さん・井上喜久美さんを講師派遣しました。
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これまでは講師は一人でしたが、今年は地元の嶋津重行さんと井上喜久美さんの二人。

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二人とも、昭和13年生まれで終戦の時には小学校1年生(国民学校初等科1年か?、国民学校初等科3年の時に学生改革で今の小学校3年生となる)で4月入学4か月後の8月に終戦を迎える。

戦時中は学校が危険ということで近くのお宮で子どもたちが集まり勉強などしたことも有ったそうです。
運動場は歩いて通る以外は一面イモ畑だったようで、もちろん遊んだり、スポーツをするような場所はなかったようです。

学校に通うのには今のように運動靴でなく、草履履きだったようです。
通学路は今のように舗装された道でなく馬車が通るような悪路で、雨が降ったりすればぬかるんでいたとのことです。

学校の成績や態度がが悪ければ、授業中教室の後ろや廊下に立たされたものもいたようで、それでも出来が良くなければ、竹の「むち」で叩かれた者もいたようです。先生には絶対的に従わなければという考え方のもとにあったようです。

戦後の配給では、学校にわずかに割り与えられた「ズック(草鞋と比べれば格段に良い靴)」や「クレヨン」をクジで誰がもらうのか決めていたそうです。

講師から最後に子どもたちに、当時のそういった苦難の時代が昔あったことを知り、「今は平和で幸せに暮らせる世の中に生きている」ことを自覚してもらいたいと伝えました。

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